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日本兵は中国で礼儀正しく、皆から愛されていた。

日本軍は、戦闘が終わると敵味方の区別なく、戦闘地にお墓を作ってきた。
これは、日本人の武士道精神を表した写真である。

● 山東戦線の彰徳で墓標を建て慰霊祭を営んだ。「中国無名戦士の墓」と書いてある。(1938年)



● 北京郊外の中国戦死者墓地に参拝する日本軍将兵(1938年3月)



● 孟子廟の入り口にこのような注意書きを掲げた。

「孟子廟に参拝する日本軍人の心得」

1、孟子は孔子と共に支那人の最も崇拝する偉人である。我々、日本人にとっても精神的文化の恩人である。

2、参拝する者は、故国において神社、仏閣に参拝すると同様の心得を持って慎み深く行動すること。

3、模範的行動が皇軍の名誉を発揚し支那民衆に日本軍が親しまれる力となることを忘るべからず



● 道端に倒された孫文の銅像に旗をかける日本兵





現地市民の間でも日本軍は、規律に厳正で、シナ軍よりもよっぽど信用できるとの評価を得ていた。
中国の「正しい歴史認識」の正体



● 中国人の子供を可愛がる日本兵(1938年)



● 中国人の子供を中心に正月万歳(1938年)



● 日本軍部隊へ毎日来て遊ぶ中国人の子供(天津)



● 中国人の子供に芸を披露する日本兵(1938年)



● 中国人の子供にキャラメルをあげる日本兵



● 日本軍兵士と遊ぶ中国人児童(1937年)



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