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朴槿惠大統領「親日幻想」にされるな
呉善花(拓殖大学教授)

韓国大統領選での朴槿惠氏勝利は、日本では好意的に捉えられている。
だが彼女の“本質”をみれば、日韓関係改善などけっして期待できない――。

父・朴正熙大統領は本当に「親日」だったのか?

2013年2月、韓国において朴槿惠政権が発足した。
韓国が今後、どのような政策運営を行なうかはまだ不明だが、
日本のメディアのほとんどは朴槿惠氏の大統領就任を好意的にみている。
「日韓関係は改善が期待できるに違いない」と。

だが私は、そのような風潮に違和感を抱いている。
なぜ多くの日本人は、朴槿惠大統領下で日韓関係は改善すると考えるのだろうか。

その大きな要因は、父親の朴正熙大統領であろう。
彼は日本の陸軍士官学校を卒業(57期相当)しており、
1963年に大統領に就任後、65年には日韓基本条約を締結して日本との国交回復を果たした。
このように父親に「親日的」とのイメージがあるため、娘の朴槿惠氏にも同じイメージがもたれているのだ。
朴槿惠氏が女性であることも、ソフトな印象につながっているのであろう。

だが、これは大きな勘違いだ。
朴正熙大統領は16年ものあいだ政権を握り、いわば独裁主義を採ってきたのである。
じつは韓国では、この時代にもっとも強烈な反日教育が行なわれていた。

たしかに朴正熙大統領は、個人的には日本好きだったのかもしれない。
先述したように日本の陸軍士官学校の出身であるし、軍事クーデターを起こして軍事政権を敷くわけだが、
韓国の軍事システムに日本的なものを随所に導入している。だが国内では反日教育を徹底させ、それによって、
韓国人の反日感情が確固たるものとなり、現在に至っているのである。

李承晩大統領が採った反日政策を、朴正熙大統領は踏襲したのだ、とよくいわれるが、
李承晩大統領時代の韓国国民の教育レベルはそれほど高いものではなかった。
つまり「反日」は、国民のあいだでそれほど強く固まってはいなかったのである。
国民の教育レベルが上がり、徹底した反日教育が敷かれ、
「反日」という思想基盤がつくられていったのは、朴大統領時代からである。

その反日教育とはどういうものか。
「とにかく日本人は韓国人に対してひどいことをした」ということを学校教育で徹底的に教えただけでなく、
マスメディアも一貫してそのような報道を行なった。
私が韓国で学校に通っていたのもちょうど朴正熙大統領時代だったが、
そこでは日本人を「ウェノム」と言った。「ウェ」とは倭国の「倭」、つまり「倭の奴」という意味である。

そして日本人を「血も涙もない人間だ」と悪魔のような存在として教わったのである。
いま60歳前後以下の教育を受けた韓国国民はだいたい、このような侮日の感覚をもっている。
韓国で何かあるたびに日の丸を燃やしたり踏みにじったりするのは、そのためである。

朴槿惠大統領は現在、61歳。つまり、
彼女も一般の韓国人同様、朴政権が敷いた反日教育を受けてきた。
たとえ朴大統領が個人的に親日だったとしても、
家で娘に対して親日的なことをいうような矛盾を犯すはずはない。

実際、朴槿惠氏は、一般の韓国国民がもっているレベル以上の対日認識はないと思う。
あらゆる発言内容をみても、一般の学生レベルの歴史認識しか持ち合わせていないことがよくわかる。

たとえば大統領就任前、「竹島問題をどうしますか」と問われ、
「それは簡単です。日本があきらめることさえすれば問題は解決できますよ」というように答えている。

また「日韓歴史問題について、どのように解決しますか」という問いに対しては、
「日本の知識人はまともな歴史認識をもってほしい」としか言っていない。

「日本人の歴史認識はまともではない。これを直さないかぎり日韓関係の未来はない」と言いたいのである。
日本人のなかには「きっと韓国内ではそんなことを言わざるをえないムードなのだろう」と慮る人もいるだろうが、
そうではない。朴槿惠大統領であれ李明博前大統領であれ、
政治家としての本音と建前があるのではなく、これが本音であり建前なのである。

これが、朴正熙政権時代に強烈な反日イデオロギーという、
精神性まで組み込んだ反日教育を行なった結果である。
朴正熙政権時代にほぼ全国民が教育を受けるようになり、その結果、
大多数の韓国人の日本に対する認識は、
以後の教育で植え付けられた認識以外のものではなくなってしまった。

朴槿惠氏は、昨年12月の大統領選で文在寅氏に勝利したが、本当に接戦だった。
朴氏は絶対多数の国民に望まれて大統領になったわけではない。
仮に文氏が大統領になっていれば、その思想なり政策は反日的かつ親北朝鮮であることは明確で、
日本がどのように向き合っていけばいいのかもわかりやすい。

だが朴槿惠大統領のもとでは、これが非常にみえにくい。
もともと日本人は韓国に対して、どこか「悪く思いたくない」という気持ちがある。
可能なかぎり日韓関係改善の糸口を探したい、という思いがある。

今回、朴槿惠氏が大統領に決まり、
「日韓関係がよくなるかもしれない。なぜなら父親時代に……」となっているが、
実際に日本のメディアが何をもって彼女を好意的に報じているのかをみれば、何もないことに気づく。
父親の時代に反日教育が徹底されてきたという事実を、日本はきちんと認識しておく必要がある。

隠された「漢江の奇跡」の真実

韓国は朴正熙大統領時代、急激な経済発展を遂げる。いわゆる「漢江の奇跡」だ。
「漢江の奇跡」は、現代においても経済成長の象徴である。
これも朴槿惠氏を大統領選勝利に導いた大きな要因の一つである。

韓国国民は朴槿惠氏に対し、経済成長を成し遂げた大統領の娘として、
再び経済を回復させてくれることを望んでいる。
というのは、いま韓国経済はどうにもならない状態に陥っているからだ。

日本では「サムスンがすごい」などといわれているが、
彼らのようなグローバル企業では、利益が韓国国内によく還元されないシステムになっている。
そして社会には、一部の優秀な人たちだけが一流のグローバル企業に入り、
裕福な暮らしを約束されるというかたちが定着してしまっている。

こうした社会の急速な進展によって、貧富の格差が極端に拡大して中間層が崩壊し、
多くが下層に陥ってしまっている。貧富の格差が激しくなると当然、治安が悪くなっていく。
実際いま韓国では年々、凶悪犯罪多発、自殺多発など、深刻な社会問題が拡大の一途をたどっている。

多くの国民は、そのことに不安と不満を強く抱いている。
そのため大統領選の候補者たちはみな、「貧富の格差と社会倫理の崩壊を解決する」
という趣旨の政策を訴えた。なかでも朴槿惠氏は、「第二の『漢江の奇跡』」をスローガンに掲げた。
そうすると、国民がいちばんに頭に思い浮かべるのは、父・朴正熙大統領なのである。

朴槿惠氏自身に特別な個性があるわけではなく、また過去に政治的な成果を挙げたこともない。
あるのはただ「漢江の奇跡を遂げた朴大統領の娘」だけである。
だが「なんとかこの国の経済を立て直してほしい」
「あの漢江の奇跡を起こした人の娘ならきっとできる」
という国民の願望が、彼女を勝利に導いたのである。

だが、じつはこの「漢江の奇跡」は、日本からの膨大な援助があってこそ達成されたものだ。
インフラなど韓国のあらゆるものが日本の莫大な援助によってつくられた。
たとえば日本の製鉄会社は、韓国の薄鋼板の会社に対し、
資金援助のみならず技術援助も大いに行なっている。
いま韓国のソウルにある地下鉄などは、ほぼ日本の技術でできたといっていい。

だが朴正熙大統領は、その事実を国民にいっさい伝えていない。
以前、新日鐵の会長もされた有賀敏彦氏に伺ったことがあるのだが、
氏の取り組みが評価されて賞をもらうことになり、朴大統領から青瓦台に招待された。
ところが、その賞を渡されたのは個室で、かつ有賀氏たった一人しかいないところだったそうだ。

ほとんどの韓国国民は、「漢江の奇跡はすべて朴大統領の力で成し遂げたものだ」と信じている。
私自身も韓国にいるあいだはそう思っていたし、来日してからもしばらくは真実を知らなかった。
のちに関係者から直接話を聞いたり、調べながら、真相を知ってショックを受けたことを覚えている。
本当のことを知っているのは、一部の政治家たちだけだ。

母親のイメージが大きく重ねられている

朴槿惠氏には、とにかく父親のイメージが付きまとう。
もう一つ今回、韓国国民が彼女に大きく期待したのは、朴正熙大統領のような強いリーダーシップだ。
いま韓国人は、強いリーダーシップが欲しくて仕方がない。
朴大統領以降の大統領には、それがみられなかった。
全斗煥大統領や盧泰愚大統領も期待をされていたけれども、ただ武力だけの強さしかなかった。
朴槿惠氏にそれがあるかといったら疑問なのだが、とにかく父親のイメージがある。

さらに興味深いことに朴槿惠氏には、母親である陸英修氏のイメージも重ねられている。
いま韓国のニュースでしきりにいわれているのも、「父親の強いリーダーシップと、
母親のソフトなリーダーシップが要求されている」というものだ。
陸英修氏は、いまの韓国人にとって歴史的にもっとも尊敬される女性の一人である。

韓国では大統領はみな賄賂問題を抱え、幸福な最期を迎えた者はほとんどいない。
この賄賂問題に、国民はまったくうんざりしている。
だが朴大統領とその妻には賄賂問題がなく、倹約家で質素であり、現在でも非常に評価が高い。
つまり、韓国国民は朴大統領や陸英修氏のような人間を長らく欲していた。
その願望が、娘である彼女に対する多大な期待として表れたのだ。

私が韓国にいた時代、たとえば映画館に行くと、上映前に必ずニュースが流れた。
最初に国旗が映し出され、国歌が流される。するとみな立ち上がり、国旗に向かって
右の手を左の胸にかざす。すると「今日の大統領ご夫妻は……」とニュース解説が流れる。

テレビも同じく、ニュースではまず「今日、朴大統領閣下は○○を視察された」
といった内容が報じられる。朴大統領の側には必ず陸英修氏がいて、
いつも白っぽいチマチョゴリを着て、髪を後ろで束ねたスタイルをしていた。

毎日のように「国の父と国の母が今日、何をなさったか」が報じられ、
これが16年間も続いたのである。国民は、二人の姿を見るだけで涙が出るほど胸が熱くなる。
そして、いつの間にか愛国者になっていく。
いま50歳以上の韓国人は、ほとんどがそうした感情を抱いているといっていい。

陸英修氏は早くに暗殺の犠牲者となったため、
代わりに朴槿惠氏がファーストレディーとして登場したのだが、彼女の顔は母親そっくりである。
また若いころからつねに髪を後ろに結び、政治家になってからは母親と同じ
ヘアスタイルを変えたことがない。いつ何時も、母親のイメージで国民の前に登場する。
私も韓国にいたころは、国父の娘で国母の代わりを務める娘だということで、
彼女を「韓国のお姫様」と言っていた。年齢が上になるほどその印象が強く、
ゆえに大統領選でも年配層に支持されたわけである。

実際、血筋といった、なにかシンボル的なものが欲しいといった感情が、
朴槿惠氏の人気を後押ししたのではないかと私はみている。
たとえば、北朝鮮で金正恩氏が後継ぎになったときに、朴槿惠氏の人気も高まりをみせた。

じつは北朝鮮のシステムをもっとも理解しているのは韓国人だといっていい。
世襲はおかしいと口ではいい、独裁政権で経済政策は間違っているのだが、
体系的に国が成り立っているということに対する憧れが、韓国人にはある。

以前、金正日氏が生きていたときに、朴槿惠氏は北朝鮮に行ったことがあり、
そこで金正日氏と「二世同士で仲よくやりましょう」と言ったといわれる。
彼女の母親は北朝鮮のスパイによって撃たれたわけで、
本来ならばそんなことは口にできないはずなのに、である。

北朝鮮には金日成という王がいる。そこから金正日、金正恩と、力量は不明だが
金日成氏のイメージを結び付けて権力の座に就いている。金日成氏の写真はつねに掲げられ、
金正恩氏のヘアスタイル、手の動かし方、声も金日成氏そっくりだ。

これは、北朝鮮の人民が金日成氏に対する幻想を強くもち、
その遺伝子が息子や孫へとつながっていることを感じさせるためだ。
個人には力がなくとも、遺伝子だけで十分なのである。

父親が国のリーダーになったら、その子もリーダーになるといったことは世界によくあることだ。
子供は自然と政治的な環境のなかで育ち、影響を受け、力をもつからであろう。
なかでも東南アジアでは、その娘がリーダーになる傾向がある。

インドのインディラ・ガンディー首相や、フィリピンのアロヨ大統領もそうだ。
そこには血筋を信用したいという国民の気持ちが強くあるのであろう。
奇しくも韓国でもそうなったわけである。

期待される賄賂問題の解決は難しい

いま彼女への期待が強い要因は、両親のイメージがあるからにすぎない。
逆に国民の期待値が高いだけに、これからの政治運営は難しいものになるだろう。

その難しい問題の一つが、賄賂問題である。先ほど述べたように、朴正熙大統領以降、
どの大統領も賄賂問題を抱え、最後には国民から虫ケラ同然の扱いをされた。
呼び方も、たとえば「盧武鉉大統領」とはいわず「盧武鉉」、
あるいは苗字すら付けず「武鉉」といった具合で呼ばれるまでになった。親戚も同様の扱いを受けるのだ。

そのなかでいま朴槿惠大統領は、「賄賂問題はないだろう、身辺はきれいだろう」と思われている。
両親の潔白なイメージに加え、独身であり子供がいないので、
悪いことはできないだろう、と思われているのだ。だが、この考えは甘いといわざるをえない。

韓国には、古くからの「贈与」の慣習が歪んだかたちで強く残っている。
恵まれた人は恵まれていない人に援助をする、それが人の上に立つ立派な人物とされる。
たとえば親戚のなかで一人が出世した場合、親戚全員の面倒をみるのは当然である。
親戚に対してだけではなく、たとえば選挙などにおいて身近で助けてくれた人たちに対し、
当選したら何かの職を与えるなど、恩返しをしなければいけない。これは伝統的な「美徳」なのである。

また、出世した人にはモノを差し上げるという伝統もある。
いまに始まったことではなく、朝鮮時代からそうだ。
現代ではそれを「賄賂」というが、これをとくに悪いこととは思わず、
逆に、しなければかえって非難されてしまうのが韓国社会だ。

しかも韓国の「賄賂」は、小さなものではない。
韓国社会で「互いに助け合う」といった場合、細々と小さなものでやりとりをするのはケチだと思われ、
してはいけないことだ。助けるならば、大きく助けるのがいい。
日本の賄賂問題など、韓国からみればかわいいものである。

近代になり、政治に携わる人間は身辺をきれいにしなければならないという
アメリカ的な風土になっていったとき、ここに矛盾が数多く生じることになる。
わずかでも賄賂が発覚すると「不正だ!」と騒がれるため、
政治家たちも次第に不正と戦う姿勢を示すようになっていった。

そのため、かつての大統領たちも本人は賄賂を受けず、親戚にも「賄賂を受けるな」というのだが、
周りが勝手に持ってきて、大統領自身が知らないうちに誰かがもらって問題になってしまう。
本人だけきれいであっても周りはそうはいかないのだ。

いま徐々に、社会的にいっさい「賄賂」ができないようにしていっている。
だが一方、それが行きすぎて、逆に「きれいごと」が横行し、また社会が萎縮してしまう可能性が出ている。

以前からその傾向はあった。たとえば韓国では昔から公務員には賄賂を贈るのが当然で、
そこから仕事をもらったりするものだった。国家公務員になると、賄賂のほうが給料より高いこともよくある。

だが近年、公務員は絶対に賄賂をもらってはいけないという意識が強い。
私も韓国に行くと、公務員の友人が勤める役所にたびたび寄るのだが、
日本からのお土産を渡そうとすれば、ものすごい勢いで拒否される。

あるいは、ある資料を探して政府関係機関に行ったとき、
資料をいろいろいただいたお礼を何げなく渡したら、投げ返されたこともあった。
どちらも、大したことのない品なのに、である。

周りで誰かがみている可能性のあるところでは、たしかに絶対に物をもらわない。
しかし、じつは裏ではもらっていたりするのである。

また韓国では従来、学校の先生に母親は賄賂を持っていく。
「うちの子供をよくみてくれ」と。そうして子供を組長や班長にしてもらったりとかするわけだ。
だが、そのようなことをいっさい禁じるとどうなるか。

ある母親が「お礼の気持ちです」といって少しでも何かをあげたことが誰かにわかったら、
次々と密告されるという事態が生じる。これでは社会全体が萎縮してしまうだろう。
たとえば誰かと食事に行って「私がお金を出すよ」といっても、それすら難しくなる。

賄賂(贈与)問題はもともとある伝統文化、人びとの精神性であり、これを断ち切るのはきわめて難しい。
ゆえに韓国国民が朴氏に抱いている期待も失望に変わる可能性が大きいだろう。

「韓国は善、日本は悪」という思考から抜け出せない

今後、日本が韓国に対してどのように向き合っていけばいいか。
まず言いたいことは、日本は韓国に対してつねに甘すぎるということだ。
「今度こそ仲よくなれるのではないか」という気持ちをもって付き合っていると、
必ずどこかで失望する。日韓関係はそのような歴史の連続なのである。


日本と韓国では、精神構造が根本的に異なっている。
たとえば歴史認識問題にしても、韓国と日本の学者が集まって
歴史研究会をやりましょうと何度もいい、膨大な国家予算と時間を費やしているが、
踏み込んだ研究会が一つもできないでいる。
日本人と韓国人のメンタリティは遠い昔からまったく方向性が違うからである。

日本の場合、神道を基盤にして儒教、仏教、さらに朱子学も採り入れ、
そこからさらに新しい日本の思想が多く生まれ、幅広い精神性がつくられていった。
一方、韓国(朝鮮)の場合、人びとの精神は儒教のなかの朱子学一本でできあがっている。

鎌倉、室町時代あたりから日本人の精神性が幅広くなっていくあいだ、
朝鮮半島では仏教的なものや神道的なものは徹底的に弾圧され、
朱子学という唯一絶対なる教えのリードのもとで、
国民が一つにまとまるという縦社会ができあがったのだ。

日本では、考え方にしても思想にしても、一人ひとりが異なることは当たり前である。
そのため、相手の意見を受け入れるよう、自分の意見も受け入れてもらえるよう、
話し合いましょうという精神性である。

だが韓国の伝統では、朱子学の教えを修めた賢人・高級官僚のいうことが絶対であり、
正しい考え方というものは一つしか存在しない。

教育でいえば、「日本人が悪い」が絶対的に正しく、
そこからずれたことをいう人が「間違っている」。
だから日本側が「話し合いましょう」といっても、韓国人には通じない。
彼らにとって竹島が韓国のものだということは100%疑いようがなく、
話し合いをする意味がわからないのである。

歴史認識についても、日本の統治時代があったということ自体、
「日本が韓国に対して悪いことをした」そのものという認識しかないので、
つねに「謝れ」といってくる。

日本の政治家はこれまで謝ってきたけれども、いまなお韓国人が謝罪を要求するのは、
その謝り方が韓国式の謝り方ではないからである。ではどのような謝り方をすればいいのかといえば、
土下座をして、手をすり合わせながら涙を流し、繰り返し「悪かった」といったうえで、
日本の領土の3分の1ほどを差し出す、これである。

実際に冷静にみると、日本統治時代、日本は韓国に対して大きな悪事など働いてはおらず、
逆に貢献のほうが大きい。韓国側はそれを認めず、小さな悪を拡大して「日本は悪かった」といっている。
その「日本は悪い」という教育を徹底して行なってきたのが、まさに朴正熙大統領なのだ。

先日、日本のNHKにあたる韓国KBSニュースで、冒頭からこう述べられていた。
「人の土地を自分のものだととんでもないわがままをいう人がいるんです。これがまさに日本です」と。
竹島の日に日本の政治家が島根県の式典に参加したというニュースでのことだ。
そこには話し合いをする余地などないとわかる。

思想的に善は一つでほかは悪、つまり韓国人がいっていることが善で日本人のいうことは悪であり、
悪は排除しなければならない、という思考から抜け出せないのである。

日韓関係の改善は“至難の業”と心得よ

ビジネスにおいても、韓国とは覚悟して付き合わないと大変なことになる。
たとえば、日本で会議といった場合、横の人間関係で話し合うことだが、
韓国における会議とは上からの命令が下に下るというものだ。

日本企業が韓国に行って部長会議や課長会議をやろうとしてもうまくいかない、といった話はよく聞く。
人間にはいろいろな考え方があるから話し合いましょう、という価値観が韓国にはないのだ。

また韓国人に「一緒にビジネスをやりましょう」といったとき、
日本のほうが経済的に優位に立っていれば、ほとんどが日本からタダで助けてもらうことを期待している。
グローバルな一流企業の先端では、ビジネスはビジネスで割り切る傾向はあるけれども、
一般の韓国人は日本人をお金としかみていない。

ゆえに無条件に「こちらを助けてくれるでしょう」というスタンスでくる。
しかも、助ければ感謝の気持ちをもたれるかというと、そうでもない。
逆に、小さな援助では「私の価値はこれしかないのか」と、さらに怒ってくるほどだ。

日本人は、汗も流さないでタダで助けてもらうことはみっともないと感じる。
だが韓国人は、汗をかかないでタダで助けてもらえれば、それは自分に力があるからだと考える。
これは政治も同じで、韓国を助ければ「助けるほどの価値がこちらにある」
「助けないとあなたが困るからだ」と考える。だから助けたとしても絶対に感謝を表明しない。


謝罪も同じで、心を込めて謝るといったことは通用せず、
「では、その気持ちを金で表せ」といってくる。
そしていったん助けたら一生、お金を出し続けなければいけない。

日本では韓流ブームが起き、韓国ドラマをみていると親近感を覚えるという人もいるが、
それは表面的なことでしかない。物理的な距離は近いが、精神性や文化性はまったく異なっている。
理想として日韓関係が良くなればいいが、
そうするには血の滲むほどの努力が必要で、至難の業だとわかるだろう。
私も日本の研究をしながら日韓間の溝がいかに深いかを身をもって感じてきた。

繰り返しになるが、朴槿惠大統領は一般の韓国人の受けた反日教育のレベルしかもっておらず、
少なくとも竹島は100%韓国のものだと思っているはずだ。
歴史認識についてもおかしいのは日本で、ゆえに日本が正しく直すべきだという認識しかない。

従軍慰安婦の問題についても、必ず同じ主張をしてくるだろう。
そこをしっかりと押さえておかないと、日本はまた日韓関係で失望する。
間を置いて相手を見定めること、距離を置いて付き合っていくこと、である。
少なくとも、朴槿惠大統領が「親日的」だという幻想はけっして抱いてはならない。

呉 善花(お・そんふぁ)拓殖大学教授
詳細 月刊誌『Voice』 呉善花 2013/4/19
http://blogos.com/article/60447/?axis=&p=1
2007年10月1日、済州島在住の母の葬儀で母国に帰郷しようとしたところ、
日本での「反韓国的な活動」が理由で韓国当局から
入国禁止措置が取られ、済州空港で入国を拒否された。


対馬は韓国のものだと言い出した
韓国人の異様な行動「華夷意識」


岡本隆司 : 京都府立大学文学部准教授。
鈴置 高史 : 日本経済新聞社編集委員
司会 : 田中太郎

岡本:「対馬返還論」が韓国で盛り上がっています。聞いた日本人は驚きます。
議論自体は昔から韓国にあったものですが、なぜ今、突然に対馬なのか----。
これを考えることで韓国人や中国人の見方・考え方を知り、
日本に対する動きを予測することも可能です。

竹島だけではなく、対馬の領有権を韓国が主張する、
というのですか!韓国人は本気でそんなことを言い出したのですか。
マナーの悪い韓国人の観光客が押し掛けたり、
土地を買いあさったりして対馬で韓国問題が起きていることは知っていましたが……。


鈴置:ソウル近郊の議政府市という自治体の議会が、
今年3月22日に日本政府に対し「対馬の即時返還」を求める決議文を採択した、
と韓国メディアが報じています。4月末には大韓民国海洋連盟という組織と、
釜山にある釜慶大学という大学が「対馬返還を日本に求める」目的でシンポジウムを開きました。
この連盟の総裁は元・海洋水産相であり、それほど「変わった団体」というわけではありません。

韓国の新聞も昨年から「対馬領有論」を主張する軍人や小説家の意見を載せ始めています。
岡本先生のご指摘のように、昔からそうした主張はありましたが、
韓国メディアではほとんどとりあげられませんでした。
それがここに来て、急速に目立つようになりました。

なぜ、「対馬は韓国領」ということになるのでしょうか。

岡本:要するに、朝貢という歴史上の制度が関わっています。
朝貢とは、臣下が君主のところに貢ぎ物をもって挨拶に行く儀礼のことです。
朝鮮王朝(李氏朝鮮)が中華王朝に朝貢をしていたのは有名です。

一方、朝鮮王朝からみますと、江戸時代まで釜山に使者を送っていた対馬が朝鮮に朝貢していた、
自分たちに臣属していた、ということになります。
このあたりの史実は学界では常識なのですが、普通の日本人はよく知りません。

でも、厳然として対馬はずっと日本の一部ですが……。

岡本:もちろんそうです。江戸時代には幕藩体制を構成した一藩でもありました。
しかしそれは朝鮮王朝にとっては関係ないことです。自分に朝貢していた事実が重要なのです。

実は同じことがちょうど今、南方でも起きています。
沖縄----昔の琉球王朝は、島津・薩摩藩に服属しながら、清朝にも朝貢していました。
最近、中国が「沖縄は中国に属していたはずなのに日本に奪われた」と言い出しています。
これと、韓国人の「対馬を返せ」という要求は根っこの部分ではつながっているのです。

韓国人は本気でそんなことを考えているのでしょうか。

鈴置:仮に日韓首脳会談の席上、
日本の首相が「対馬は日本の領土だ」と韓国の大統領に確認を求めたとします。
韓国の大統領は「そうです」と認めるかどうか。たぶん、言を左右にして言質を与えないでしょう。

岡本:仮定の話ですが、ありえないことではないと思います。

そんな空気にあるのですか、今の韓国は。

鈴置:まさにその「空気」という表現が当たっています。
まだ日本人に対し「対馬を返せ」と言ってくる韓国人は多くはありません。
しかし、公の席で「対馬は日本のものだ」と語れる韓国人が減っているのも事実です。
社会の「空気」が変化しているからです。
だから大統領もおいそれと「対馬は日本の領土」とは語れなくなったのです。

では、なぜ今、空気が変化したのでしょうか。

鈴置:理由は3つあります。
まず、日本の竹島返還要求に対抗するためです。2012年、李明博大統領が竹島を訪問しました。
これに怒った日本が、国際司法裁判所に提訴する構えを見せました。
「対馬を返せ」とカウンターパンチを繰り出せば、日本の主張を弱められる、
あるいは日本の意図を挫けると韓国人は考えたのでしょう。

もう1つは「韓国の隆盛と日本の衰退」を実感したい、という願いでしょう。
韓国人は「これまでは国力が弱かったから言いたいことが言えなかった。
でも、我が国は世界屈指の大国になったし、日本は落ち込む一方」と考えています。
「対馬返還要求論」は「言いたいことを言える日韓関係になった」ことの象徴なのです。

しかし、いくらなんでもそんな無茶苦茶な論理を……。

鈴置:無茶苦茶だからこそいいのです。
韓国・朝鮮社会では「力がある人」とは「無理難題を言える人」を意味します。
無茶を通せてこそ初めて力がある人なり、国になったことを実感できるのです。

ことに今、中国が尖閣だけではなく沖縄も自分のものと言い始めた。
韓国とすれば、中国を後ろ盾にして日本に無理難題を言える絶好の機会なのです。これが3つ目の理由です。
韓国の新聞には日本の新聞以上に大きく沖縄独立論や、その運動の活動ぶりが載るようになりました。
「中国が今、日本を揺さぶっている。我々もこれに追従しよう」という意識からでしょう。

中国の尻馬に乗る、ということですね。

岡本:単に「追従しよう」とか「尻馬に乗る」ということにとどまらないのです。
中国人と韓国人の話の持って行き方、論理の組み立て方、
あるいはものの見方・考え方には実に共通点が多い。「反日」はその典型です。

あれほどの「反日」、しかもそれをイデオロギー・国是まがいにまで高めているのは、
中国大陸と朝鮮半島のみです。
共通点をひとことでいえば華夷意識、
あるいは華夷秩序がベースになった考え方をする、ということです。

「中華思想」という言葉もありますが。

鈴置:朝鮮王朝は「小中華」を自称していました。
自分は中国王朝に次いで世界の中心である、と考えたのです。

岡本:「中華思想」は使われすぎて意味が広くなってしまいましたし、
「中華」だけだと一方的で誤解を招きがちですので、ここでは「華夷意識」を使っておきます。

中国人と韓国人は、自分が「中華」であって上にあり他人が下にある、という世界観を持っています。
この「華夷意識」は儒教特有の階層的な世界観です。
上下関係という序列でもって世界の秩序を保つとの発想です。

「自分が上で相手が下」という自己中心的な見方は、どの民族にもある土俗的な自尊心です。
しかし、中韓の場合は儒教・朱子学でもって理論武装しました。
その結果、中国人や韓国人は「自分が上で他人が下」という世界観を強烈に抱くようになったのです。

韓国紙の日本版を読むと毎日、必ずありとあらゆる世界ランキングが載っていて
「韓国が日本より上か下か」分かる仕組みです。


鈴置:男性1人当たりのポルノに支払った金額の国別ランキング、なんてものまで載りますからね。
ただ、英BBCの「どの国が世界に貢献しているか」という調査だけはほとんど報じられません。
2012年度調査まで日本の人気は世界1位か2位である一方、韓国は下から数えた方が早かったためです。
「日本の方が倫理的に上」という評価は、彼らの華夷意識からは耐えがたいのでしょう。
とにかく順位を付けて----上下を具体的にはっきりさせるのが好きです、韓国人は。

岡本:そういう序列ごのみのルーツが華夷意識であり、それを具現化するものが礼です。
つまり序列・秩序の内容は頭のなかで思っているだけではダメで、
礼によって現実に分かるようにしなくてはなりません。

つまり、何らかのパフォーマンス、あるいは、文章表現による視覚的な確認が必要でして、
前者の一例が手土産を持って挨拶に行く----つまり朝貢です。
後者はたとえば、朝貢を受けた側が出す「受け取り」----これが冊封です。
「冊」というのは文書の意味ですが、
ここでは、天子がしかじかの君主に任命してやるという辞令という意味になります。

そもそも礼というのは、多分に虚構・フィクションです。「儀礼的」という言葉もあるくらいで、
われわれの日常でも頭を下げたからといって、本当に屈服・従属しているわけではありません。
朝貢も冊封も実質の支配・従属を必ずしもともなわない、まさに儀礼的な関係でした。
しかし実質がともなわないからこそ、「礼」で視覚化される上下関係という建前には、きわめて敏感でした。
逆にいいますと、礼を守り、その建前を守っていさえすれば、
実質・本心の支配・従属をしなくとも、平和に過ごしていけたわけです。

そんな彼らにとって、東の果て、海の向こうに「度し難い存在」が1つあるのです。
「中華」に朝貢にも来ないし「冊封」も欲しがらない。
つまり「礼」をわきまえない野蛮な奴らがいるのです。

さらにこの野蛮な連中は、文化はもとより
力でもかなわないはずの巨大な中国に攻めて来る。倭寇や秀吉です。
一方、強大な兵力で脅されて攻められても、
うわべだけの屈服すらせず全力で歯向かって来る。たとえば元寇です。
中国人や韓国人にとって東のはての度し難い存在----日本は理解の外にあるわけです。

それが、20世紀に入る頃、中国人と韓国人は困惑しました。
「礼」をわきまえない野蛮な日本が西欧化を通じ、圧倒的な力を持ったのです。
そこでやむなく彼らは、日本が先に導入し、
グローバルスタンダードでもあった「西欧化」を受け入れたのです。
中国人と韓国人は理念と現実の矛盾に100年の間、悩み続けてきました。
表向きは儒教、華夷秩序を捨てました。
しかし、心の奥底には土俗的な意識は残りますから、葛藤があったのです。

ずっと中心であった。にもかかわらず、中心ではなくなったことを自覚せねばならない----。
この釈然としない心境の象徴が、たとえば中国にとっては沖縄であり、韓国にとっては対馬です。
それぞれ朝貢に来ていたのに、いずれも来なくなったからです。

鈴置:非常に面白い。中国が「沖縄を返せ」というのは「尖閣」に絡めての揺さぶりであり、
韓国が「対馬返還論」を唱え始めたのは「竹島」で有利な地位を得るため、
と考えてきましたが、それだけではないのですね。

岡本:もちろん、鈴置さんご指摘の外交的な戦略・戦術からでもあることはまちがいありません。
とくに今というタイミングはそうなのでしょう。しかし、「失われた歴史」を取り返すために今、
沖縄や対馬の領有権を主張し始めた中国人や韓国人の心の奥底にある、
華夷意識という歴史的自尊心を見逃してはいけないと思います。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130617/249773/?P=1

前回は、20世紀の100年の間、中国人と韓国人は、華夷意識という理念と、
強力な日本という現実のギャップに悩んでいた。しかし今、自らの興隆と日本の衰退を機に
日本の劣後性を声高に指摘し、「対馬返還」まで求め始めた-という話でした。


鈴置:韓国人は中国人と異なって、何でもしゃべってしまいますから、失われた100年の間も
「精神文化では俺たちの方が日本人よりもはるかに上だ」とつぶやき続けてきました。
日本の高度成長が世界から称賛された時には、
韓国紙は「エコノミック・アニマル」たる日本人の倫理性の低さを毎日のように説いていました。

経済的に日本に追いついたと韓国が自信を深めたここ数年は、
倫理性の高い平和国家、韓国が戦犯国家たる日本を叱る----というノリに切り替わっています。
韓国人がいわゆる「従軍慰安婦」の像をソウルのみならず米国に建て始めたのも、
その思いの具体化でしょう。

個々人と話していても、日本に対する上から目線がはっきりしてきました。
東アジアで最も民主的で開放的な国の民が、閉鎖的で遅れた国の民に口をきいてやっている、
という姿勢で話す人もいます。
その中には、10年ほど前までは日本人には揉み手せんばかりに近づいてきた人もいます。

例えば「日本の右傾化」に対して、「日本人は倫理性が低いので、
最もまともな朝日新聞さえちゃんと批判できない。だから日本の国民のために、
我々、韓国のメディアが批判してやっているのだ」と語る韓国人記者も登場しています。

岡本:日本人は韓国人にとって、最も近くにいながら、はるか異次元の連中です。
だから韓国人は歴史的に、百歩譲って日本とは対等に付き合ってやらねばならないと考え、
心ならずもそうしてきました。対等に扱ってやらないと何をしてくるか分からない存在なのですから。

これを「交隣」といいます。朝鮮王朝時代の対外関係は、
中国に従う「事大」と、この「交隣」という2通りの関係の持ち方しかなかったのです。

ですから、本音では韓国人は、日本は格下と思っている。
礼・文化を知らない「夷」、つまり野蛮人だと軽んじている。
そういう連中には、礼を欠こうが、多少だまそうがかまわないと思っている。
軍事的経済的に日本に劣らなくなり、しかも中国という後ろ盾ができた今、
日本に対しては何を言ってもいい、してもいい、とまた考え始めた、ということでしょう。

「格下の日本に対しては何をしてもいい」と韓国人が考え始めたということですか!

鈴置:確かに、その補助線を引いて初めて納得できる韓国の動きが相次ぎます。
日韓軍事協定の締結1時間前のドタキャン、
日韓犯罪人引き渡し協定を無視しての中国人放火犯の釈放、
そして韓国人が盗んだ対馬の寺の仏像を「韓国から略奪されたもの」と、
何の根拠も示さずに主張して返さない----などなど。

政府の行動だけではなく、韓国人の言説にも異様さが際立ってきました。
2012年8月14日の李明博大統領(当時)の「日王への謝罪要求」がその最たるものです。

中央日報の論説委員も「日本への原爆投下は神罰だった。
この調子ではまた落とされるぞ」とコラムで書きました(2013年5月20日付)。
ちなみに同紙は、2011年の日本の大震災に対しても1面トップで
「日本沈没」との見出しをかかげ、大はしゃぎしました(2011年3月12日付)。

最近の韓国の常軌を逸した「侮日・卑日」ブームの背景には、
精神的な先祖返り----「夷」たる日本への根深い蔑視があると考えると納得がいきます。

今、日本の政治家、外交官や軍人ら安全保障専門家は皆、首をひねっています。
日韓軍事協定の締結や日韓外相会談の開催を奇妙な理由をつけて断るなど、
韓国の反日の度が過ぎることに対してです。彼らは「日韓関係を悪くして韓国は得にならない。
もし、第2次朝鮮戦争が起きた時、日本が韓国を助ける決意をしなければ、
在韓米軍の後方基地たる日本が機能しない」と口を揃えます。

彼らの疑問に対し、私は以下のように答えてきました。

・韓国は北朝鮮の軍事的脅威から身を守るため、中国に多くを期待するようになった。
・核武装しかけている北朝鮮に対して、米国以上に中国が深い危機感を感じていると思われるからだ。
・新たなボスたる中国が『日本とは切れろ』と命じるから、軍事協定などを突然に断ってきたのだ。

要は、「離米従中」の一部として「従中卑日」が始まったのだ、という鈴置説ですね。

鈴置:そうです。ただ、「中国の指示を受けての反日」だけだと、やや説明しにくい部分が残ります。
軍事協定の締結はともかく、日韓外相会談ぐらいは応じても中国からは怒られないはずだからです。
それが、情緒的な動機----「日本に対する華夷意識の復活」という岡本説をもってして、初めて腑に落ちました。

岡本説を拡張すれば、「自分が中国に服しているのに、そうしない奴がいる」と考える韓国人は、
中国人以上に日本に対し不快感を持つ----ということかもしれません。
2006年秋に韓国の最高指導者の1人から「韓国はもう、中国に逆らえない。
だから日本も中国に逆らってはいけない」と厳しい口調で言われたことがあります。
このお説教は、まさにそうした心境の象徴でしょう。

質問です。韓国は中国に朝貢していました。韓国が朝貢を根拠に「対馬返還論」を言い募れば
「韓国は中国の属国であり、一部である」と自ら認めてしまうことになりませんか。


鈴置:答えは2つあります。まず、韓国では論理の整合性は重要視されません。
ケンカする時には相手を攻撃しまくるべきであり、自分の行いがどうであるかは関係ないのです。

1990年頃のことです。韓国は日本に対し国を挙げて技術移転を要求し、
自分の要求通りに応じないと「日本人はケチで道徳性が低い」と声高に批判していました。

ある時、韓国の浦項総合製鉄所(現・POSCO)が東南アジアの某国から技術移転を求められたのです。
この時、韓国の関係者は一斉に「自分で努力もせずに、技術だけくれと要求するずうずうしい奴ら」
と非難したのです。その中には日頃「吝嗇な日本」を激しく攻撃する人も含まれていました。
ご本人に会ってこの点を聞いたのですが、自分の言説の矛盾に全く気が付いていませんでした。
質問の文脈に戻せば、「対馬は対馬、韓国は韓国」ということかと思います。

2011年10月の日韓スワップ枠の増額の際も、韓国政府は「日本から頼まれたから結んでやった」
と韓国紙に書かせました。野蛮国からカネを借りる訳にはいかなかったのでしょう。

もう1つの答えは「韓国人は中国の朝貢国であったことに誇りを持っている。
それを恥ずかしいなどとは思っていない」です。

韓国人には「もっとも忠実に中国に仕えることで、
世界の安定に大きく寄与してきた」という意識が根強いのです。
この場合、「世界」は「中華世界」、つまり「華夷秩序」を指します。

すべての韓国人がこういう考え方をするとは思いませんが、
現実の世界で中国が力を増すに連れ、そう思う人が増えています。
ちなみに「属国」という言葉には抵抗を覚える人が多いようですが、
「朝貢国」には韓国人もさほど反発しません。

岡本:非常に興味深いご意見です。
近代以前、「朝貢国」と「属国」とは、もともと同義の漢語でした。
西洋近代の国際関係が入ってきたときから、
朝鮮王朝では「朝貢国」と「属国」は別だという自意識が強くなります。
「属国」は主権をもたないダメな存在、「朝貢国」は自主である誇らしい存在……。
この語感はおそらく今も続いているように思います。わたしの本の韓国語訳なども改題されて、
原タイトルにあった「属国」という文言は、抹消されてしまいました(笑)。

だからといって、韓国人が中国にベタ惚れで心酔し、信頼しきっているとはとうてい思えない。
むしろ面従腹背といったほうがピッタリくる。
これも清朝時代からのことで、やはりかなりの歴史がある心性でしょうか。

しかしながら、中国に接近する今の韓国を見ていると「安心」という言葉が思い浮かびます。
中国に合わせていくことが、日本や米国に合わせるよりも、
韓国人に精神的な落ち着きをもたらしている感じです。
まるで自分にぴったりと合った服を身に付けた時のような……。
朝貢や事大----「大きなものに事(つか)える」というパフォーマンスは身に付いた、
韓国にとって居心地のいいものだったとの認識があるように思えるのです。

韓国が中国から独立して100年以上たっています。
その後、韓国社会は西欧化の波にもさらされました。
だのに朝貢がよかった、と韓国人が言うのは信じられません。


岡本:韓国の歴史教育にも注目すべきと思います。
現在の韓国政府は「日本の植民地支配から脱した」
ところから始まり、そこに正統性を置いています。
このため、植民地化以前の「朝貢の時代」も美化して語られがちです。

まさに歴史認識、教育の問題なのです。ナショナルヒストリーをどうつくるか----。
「反日」イデオロギーもそこに関わっています。韓国も中国も近代史は抗日史が主軸ですから、
日本が破壊したシステムが一定の評価を得るのは自然のことです。
ことに韓国人は「分断」といいますか「分裂」問題を抱えていますから
「これは近現代の国際関係のとばっちりだ。朝貢の時代ならこんなことはなかった」とも考えるのでしょう。

鈴置:韓国近代史は「抗日」と同時に「中国のくびきから逃れた近代化」の歴史とも見なされてきました。
少し前までは、それらがバランスをもって語られていたものが、中国の台頭に伴い
「中国のくびきから逃れた近代化」の部分が急速に薄まったという感じです。

冷戦体制崩壊直後には「史上初めて海洋勢力に付くことにより、今度は勝つ側に回れた」
との言説が韓国社会にはあふれました。でも今は、そんな主張はきれいにかき消えています
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130617/249777/?P=1

前回は「韓国はどこまで先祖返りするのか」という私の質問で終わりました。
韓国が米国一辺倒の外交から米中二股外交に走っているのは明らかです。
昔のように中国の保護を受ける状況にまで戻るのでしょうか。


岡本:鈴置さんがお書きになってこられた「離米従中」と「従中卑日」。韓国人の意識としても、
実際の外交としても確かにその通りに動いていますし、しばらくは続くと思います。

ただ、昔の朝貢・冊封・事大の関係に完全に戻る----
つまり、韓国が中国だけに従属するというところまでは行かないと思います。

理由は朝鮮半島の北部----北朝鮮だけ抑えておけば大丈夫、と中国が考えていると思われることです。
朝鮮戦争の時の動きをみれば分かりますし、それこそ紀元前、楽浪郡の昔からの歴史をみても、そうです。
中国は半島南部まで、つまり韓国まで完全な支配に置こうとはしないように思えます。
また、韓国が安んじて中国に従おうとしているのは、
南部までは支配が及ばないと韓国自身も考えているから、と見られます。

鈴置:私は、朝鮮戦争当時と比べ中国はもっと欲深になっていると思います。
国力の急伸長を背景に西太平洋の海上優勢を得ようとしているぐらいですから。
具体的には在韓米軍は撤収させ、できれば米韓同盟も破棄させたい。そうしてこそ、
離陸して1時間で北京を空襲できる在韓米空軍基地を撤去できる。
また、北京の玄関口である黄海に米海軍が入って来る名分も失わせることができるのです。

岡本:確かに、朝鮮戦争の時と比べ状況は変わっています。中国ははるかに大きな存在になりました。
北朝鮮はそのために揺れています。その意味では韓国の見通しも甘いのかもしれません。

むしろポイントは、米国がどこまで真剣に朝鮮半島の橋頭堡を守る決意があるか、
あるいは日本自身がどこまで朝鮮半島の危機を自らの危機だと感じるか、ということです。
日清、日露戦争は、朝鮮半島に大陸の大国の力が及びそうになった時、
日本が自国の安全保障上、それを渡すまいとして始めた戦争でした。
日本が第二次世界大戦で負けた後は米国がそれを肩代わりしたのですが。

鈴置:安全保障の専門家が注目しているのが2015年12月に予定される、
韓国軍の戦時の作戦統制権の米国から韓国への移管です。
これに伴い、在韓米軍が韓国人の指揮下に入ることになる、と最近の韓国各紙は報じています。

しかし、米軍は大部隊の指揮を外国人にゆだねない、という原則を貫いています。
統制権の移管後も、現在1万7000人の在韓米軍の規模が維持されるのか、はなはだ疑問です。
完全な撤収ではなくとも大幅削減ということになれば、南北の兵力バランスは崩れます。
ことに今、北朝鮮が核武装に走っています。韓国が我が身の安全を確実なものとするために、
軍事的な対中依存を強めようとする可能性が高まっています。

鈴置さんは小説『朝鮮半島201Z年』で「北朝鮮が核武装を完了する。不安にかられた韓国が中国にすり寄る。
中国はそれをテコに朝鮮半島の非核化、さらには米韓同盟と中朝同盟の同時破棄を提案し、
半島全体の中立化を実現する」という、日本にとって愉快ならざる近未来を描いています。


岡本:日清戦争の前も日露戦争の前も「朝鮮半島の中立化」が模索されました。
しかし、いずれも実現しませんでした。朝鮮半島の国家が自分を守りうる軍事力を持たなかったためで、
結局はどこかの国の保護を受ける、という結果になりました。

鈴置:北朝鮮が核兵器を開発し、韓国でも核武装論が盛り上がっているのは、歴史を意識してのことでしょうね。

岡本:周辺大国の立場から言えば、北朝鮮の核武装は史上初の「軍事的に強い朝鮮半島国家」の誕生であり、
いかに対処すべきか分からずにおろおろしている、という図式ともいえます。

鈴置:もし、核を持たない弱い、1つか2つの朝鮮半島の国家が中立化した場合----
この可能性がけっこう出てきたと思うのですが、それは中国の強力な支配を受ける衛星国になっていくのか----。
岡本先生はご著書『属国と自主のあいだ』や『世界のなかの日清韓関係史』で、清朝と朝鮮王朝との関係を
「属国自主」という耳慣れない言葉を使って表現しておられます。

ご著書によれば「属国」とは言っても、それは「朝貢国」と同じ意味、
中国の縄張り----勢力圏にあるぐらいの意味で、少なくとも当初は、朝鮮王朝は「自主」の国でした。
では、米国が朝鮮半島から手を引いた場合、中国はその「属国自主」程度の影響力を半島に及ぼすことで
満足するのでしょうか。もっと強い支配を及ぼそうとするのでしょうか。

岡本:「属国自主」という言葉に沿ってお答えすれば、中国はそうした曖昧な姿勢はもう、とらないでしょう。
なぜなら、そうした版図の線引きの曖昧さこそが西洋列強や日本に付け込まれる要因となり、
結局は「縄張り」中の「属国」をすべて奪われてしまった、と中国が考えているからです。
ベトナム、ミャンマーや琉球、朝鮮です。

このため中国は、20世紀の初めはまだ「縄張り」の中にいたモンゴルやチベットに対し
「すべておれたちの領土だ」と言って、今も服属を強いています。
そうしない限り、「縄張り」をどんどん浸食されていく、
中国本土さえオスマン・トルコやアフリカのように分割されてしまう、
という危機感・恐怖感に20世紀以降の中国は支配されてきたのです。

だとすると、現代の中国の立場から認めうる「自主」というのは、
せいぜいのところ「自治区」の「自治」か「一国二制度」くらいのもので、
それがそこの住民の意思をいかほど反映したものなのかは問わずとも分かるでしょう。

鈴置:そこは現在の韓国人の意識と大きなギャップがあります。
韓国人は「中国回帰」を、昔の長閑な「属国自主」時代への回帰と捉えがちです。
中国に内政を干渉されることもなく「属国」とはいえ「勢力圏」にあるくらいのノリで、
いざ外敵が攻めて来た時は中国が助けてくれる。

現在、米国から受けているものよりも緩やかな“支配”に留まる----といったイメージで語る人もいます。
だから彼らは「日本人は朝貢システムの居心地のよさを知らない」などと、
華夷秩序に入れてもらえなかった野蛮な民の無知を笑うのでしょう。

岡本:沖縄に話を戻しますと、中国は、沖縄は自分の「属国」だったと主張し始めました。
本気で沖縄を日本から離脱させるようなことは当面ありえないようにも見えますが、中国の本心はどうなのか。
19世紀とは異なり、20世紀の「属国」は「領土」に転化しうるのです。
だからこそ、韓国も対馬を「返還」せよと主張するわけです。
その意味で、歴史を根拠に沖縄で語られ始めた「琉球独立論」にも注意する必要があるでしょう。

お2人の話を聞きながら、ドラえもんを思い出しました。

鈴置:のび太が日本、スネ夫が韓国、ジャイアンが中国という見立てですね。
スネ夫がジャイアンの力を借りてのび太を見下す「ドラえもん」モデルをもってして
北東アジアを見る日本人が増えています。

岡本:のび太とスネ夫の関係も、ジャイアンを媒介にして見るともっとはっきり見ることができます。
のび太とジャイアンの関係は、スネ夫を媒介項にして見るのです。
ことに、スネ夫がジャイアンに従う手法はちゃんと研究する必要があります。
もちろん日本はスネ夫になれないだろうし、なる必要もありませんけれど。

鈴置:同感です。日本人と比べ韓国人は中国をよく知っています。ことに「いなし方」をです。
先ほど、韓国人は中国という国家を楽観的に見過ぎとの趣旨で申し上げました。
でも韓国が中国の衛星国に戻っても、何とかやっていくだろうと思いますのは、それ故です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130617/249779/?P=1

虚言、詐欺、相互不信、空理空論、無恥、卑屈、臆病…
これが「半万年の歴史を持つ偉大な韓民族」の 正体だ−。
(評論家・黄 文雄 月刊正論11月号)

裏切りと不信の国民性

韓国の李明博大統領の竹島上陸と天皇に対する非常識な発言に、
日本人が怒り、抗議の声が広がっている。 嫌韓感情の高まりというよりも、
「この国はだめだ」という諦感が定着し始めているのは、ごく当たり前のことだ。

戦後、日韓基本条約を結んだにも拘らず、
歴代の韓国大統領は日本に対し「謝罪と反省」を執拗に求め 続けてきた。
一方の日本がいくらそれに応じて謝罪を行事化し、明文化をくりかえしても、
韓国の反日感情は 収まらない。

金大中、盧武鉉両大統領の2代10年にわたる親中、親北、反日、反米の左翼政権から
商人出身の 李明博大統領の代になって、本人も「韓日の過去」のいざこざに終わりを明言し、
日本もこれで両国関係は 正常化に向かうと期待していた。

だが、李明博の8月以降の豹変ぶりと異常な言動にまともな日本人は愕然とし、
「また裏切られた」という念が強い。「李明博までも」という韓国人への不信感は募る一方である。

李明博大統領の異常な言動を巡り、私がすぐ連想するのは、フランス神父ダレが著した
『朝鮮事情』(原題 『高麗史』)の中の記述である。
ダレは同書の中で、「五十人による陰謀は、たいていその共同謀議者の四十九人から
暴かれる」という、朝鮮人の「不信と裏切り」の国民性を描いている。

朝鮮史上二回にわたる「胡乱」は有名である。満蒙八旗軍と戦って敗れた朝鮮は、
「迎恩門」や「慕華館」、 「頌徳碑」まで作らされる屈辱を受けた。
しかしこれは、元をたどれば後金国の2代目ハーン・フォンタイジの、
朝鮮から受けたいじめと裏切りに対する復仇であった。
「胡乱」は満蒙八旗軍による半島蹂躪の歴史というよりも、
朝鮮人が持つ裏切りと不信の国民性を象徴する歴史事件と読むべきだ。

戦後、半島の北も南も、エリート層にしか使いこなせない漢字を全廃し、
ハングルのみ国字にしたのは、民族を 育てていくのに必要不可欠なことだった。
当時、中国でさえ簡体字化、将来のラテン文字化を目指していた。
文豪魯迅までが、「漢字滅ぼせずんば中国滅ぶ」と遺言をのこしている。
交信メディアの転換は近現代にかぎらず、 人類史上よく見られることだ。

だが、結果としては、漢字廃止後の「ハングル世代」と呼ばれる世代は
真の国史を知ることができなくなり、 「捏造」「創作」の国史しか知らないという状況を生み出した。
「韓国半万年史」の中で、高句麗史、渤海史 以外には、真実の記述が乏しく、
人物としては朴正煕しかいないというのが、中立な私の眼から見た韓国である。

「日帝36年」は超安定社会

李明博大統領の「もし天皇が訪韓したいならば、殺された独立運動者に謝罪を」という旨の発言は、
韓国なら 通用するかも知れないが、外国ではその知性だけでなく品格まで疑わせるものだ。

ソウル・オリンピックの時から韓国は「天皇訪韓」をあたかも日本の「義務」
であるかのように要請しつづけてきたが、逆に日本から求めたことは1度もない。
また、「殺された独立運動者」というが、日韓合邦以来、義兵運動から 反日ゲリラに至るまで、
法によって刑罰に処された者よりも内ゲバで殺された者のほうが多かった。

反日、抗日、建国運動の指導者として活躍していた
呂運享、宋鎮禹、金九らは、いったい誰に殺されたのだろうか。
独立運動家はほとんどが同志や政敵に暗殺されたのではないだろうか。

戦後、韓国は「日帝三十六年の七奪」
(主権、国王、土地、姓氏、生命、国語、資源の七つを奪った)をはじめ、
強制連行やら従軍慰安婦を反日、克日のお題目として唱え、国造りのテコにしてきた。
竹島は戦後李承晩ライン 以後に韓国の領土とされたものである。

国民国家の時代以来、いかなる民族も国家も強国、大国志向である。
英仏だけでなく、オーストリー・ハンガリー 帝国、チェコスロバキア、
ユーゴスロバキアも同君合邦国家だった。福沢諭吉の「脱亜論」の数年後に刊行された
樽井藤吉の「大東合邦論」は日韓清とも「同文同種同俗同州」の
アイデンティティの下で違和感はないと主張 していた。

日韓合邦も双方に賛否両論ある中で実現したものであり、
一方的な強制だったとするのは言いがかりだ。
日韓合邦は「東亜の永久平和」への礎としてむしろ列強がそろって賛同し、
利害関係の強い清露さえ異議を 唱えなかった。

また実際にも、戦後韓国が主張するような「七奪」どころか、人口も食糧も倍増し、
主権も拡大、史実としては 「七恩」あるいは「七布施」と称するべきものだった。

戦後の李承晩大統領以降、次代の大統領が先代を粛清することはすでに
韓国政治の掟となり、宿命ともいえる。 しかしそれは戦後から始まったことではない。
李王一族をはじめ両班に至るまで繰り広げられる朋党間の争いは 朝鮮名物のようなもので、
宿痾だった。李朝500余年にかぎらず、高麗朝からさらに檀君開国まで遡っても、
内ゲバが半島史の宿命だった。

ではなぜ「日帝」の時代が半島史上未曾有の、いや空前絶後の超安定社会となったのか。
その理由はただ一つ、 朋党間の争いが半島から排除され、場外乱闘に変わったからだった。
それが戦後になってまた再燃しただけのことである。
ハングル世代は近現代史を語るのに際し、その掟から知るべきだ…。

黄文雄氏 1938年、台湾・高雄県生まれ
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121018/bks12101803010000-n1.htm


朝鮮開化史(恒屋益服著 博文館 明治34年)

明から清に主人を替えた後の朝鮮人はじつにおとなしく、
清の軍隊召集に馳せ参じ、2回の羅禅(ロシア)遠征と明の征伐に従軍した。

父として明を敬っていたはずなのに新しい父を迎えた途端、明に対して残酷無情な態度を取った。
3回にわたる明征伐では朝鮮軍は満州人を驚嘆させるほど明人を虐殺した。
満州八旗軍はかなり軍紀正しい軍隊であったが、盟友のモンゴル八旗軍の朝鮮蹂躙には、かなり悩まされていた

しかし、朝鮮軍が満州人の軍門に降り清軍に召集されると、
今度は朝鮮軍が旧宗主国の明征伐を通して漢人への凄まじい虐殺と略奪を行った
のだ。

清の将軍である龍骨大が率いた、明征伐についての朝鮮兵行状の記録には次のようなものがある。
「韓兵ことに虐殺を極めたり。漢民号呼して曰く、天朝、朝鮮において
何の仇があろうか。その恩に背いて、ここに至るかと…」


明は300年近く朝鮮を保護し、李氏朝鮮は宗主国である明から国号を下賜された。
しかし、いざ明が弱勢になると、朝鮮はすぐさま清に乗り換えて逆に明を逆襲し、明人を虐殺した。


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